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大阪地方裁判所 昭和60年(タ)4号 判決 1985年9月27日

原告 甲野春夫・乙春夫こと 甲春夫

<ほか一名>

右訴訟代理人弁護士 松井清志

同 松井千恵子

被告 甲野花子こと 丙花子

被告 大阪地方検察庁検事正 稲田克己

主文

一  原告らと被告丙花子との間に親子関係が存在しないことを確認する。

二  原告らと甲太郎(国籍朝鮮、昭和五六年六月三〇日死亡)との間に親子関係が存在しないことを確認する。

三  訴訟費用は被告丙花子及び国庫の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一、二項同旨

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告丙花子)

原告らの請求は認める。

(被告検察官)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告甲春夫(以下「原告春夫」という。)は、昭和三二年一二月二三日大阪市城東区長に対してなされた出生届には、父訴外亡甲太郎、母被告丙花子の八男として出生した旨、また、原告甲夏子(以下「原告夏子」という。)は、昭和三四年二月二四日同区長に対してなされた出生届には、父亡甲太郎、母被告丙花子の二女として出生した旨それぞれ記載され、右各出生届に基づいて作成された原告らの外国人登録原票には右同旨の記載がなされている。

2  しかしながら、真実は、原告らはいずれも訴外乙松夫、同丙竹子夫婦の間に出生した子である。それにもかかわらず原告らについて前記の如き出生届がなされたのは、次の事情によるものである。

すなわち、乙松夫は、西暦一九一七年一一月四日朝鮮において出生したが、昭和二六年一二月ころ、戦前に居住したことのある本邦に旅券等を所持しないで入国した。丙竹子は、西暦一九二二年二月二八日朝鮮において出生した者であるが、昭和三〇年四月ころ、同じく戦前に居住したことのある本邦に旅券等を有しないで入国した。そして、乙松夫と丙竹子は、昭和三二年一月ころ結婚し、原告らをもうけたが、本邦において在留貿格がなかったので、原告らにはその資格を得させるために、丙竹子の姉である被告丙花子及びその夫亡甲太郎に依頼して原告らを同夫婦の子とする前記出生届をしてもらったのである。

3  亡甲太郎は昭和五六年六月三〇日死亡した。

4  原告らは、いずれも乙松夫・丙竹子夫婦によって養育されて成長し、現在はそれぞれ配偶者を得て一子をもうけているが、いつまでも虚偽の氏名で不安定な生活を送ることができないので、実父母の乙松夫・丙竹子夫婦とともに昭和五九年一二月二六日大阪入国管理局主任審査官に自首した。

5  よって、原告らは、外国人登録法上の親子関係を真実のものに正すべく、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告丙花子)

請求原因事実は全て認める。

(被告検察官)

請求原因事実中、1及び3の事実は認めるが、その余は不知。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、請求原因1ないし4の各事実、並びに、訴外乙松夫(国籍及び本籍朝鮮済州道南済州郡《番地省略》)は、前記のとおり旅券等を所持しないで本邦に入国していたため、その事実を隠すため、朝鮮名「金德龍」、日本名「野山繁春」と称して外国人登録をしていたこと、原告春夫は昭和三二年一二月一一日、同夏子は昭和三四年二月一二日、いずれも大阪市城東区内において出生したこと、亡甲太郎と被告丙花子(ともに国籍及び本籍朝鮮済州道北済州郡《番地省略》)は、西暦一九三七年六月三〇日婚姻した夫婦であったことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

二  ところで、本件訴は、血縁的親子関係が存在しないにもかかわらず、虚偽の出生届に基づいて外国人登録原票に親子と記載されていることから、この表見上の親子関係の不存在確認を求めるものであるところ、このような場合の準拠法については法例に直接の規定はないが、実親子関係の発生、確定に関する法例一七条及び一八条一項の趣旨を類推して、当事者双方の本国法を準拠法とみるのが相当である。

そこで、本件において親とされている亡甲太郎及び被告丙花子、その子とされている原告らの各本国法について考えてみるに、原告ら及び被告丙花子はいずれも朝鮮国籍を有し、亡甲太郎も死亡当時同国籍を有したものであるところ、朝鮮においては現在大韓民国政府及び朝鮮民主主義人民共和国なる二つの政府が対立し、互いに自己を朝鮮全領土全人民を支配し代表する政府であると主張しているが、現実には北緯三八度線をほぼ境界としてそれぞれ支配領域を有し、その領域に独自の法秩序を有している。このような場合は、一国内の地方によって法律を異にする場合に類似しているから、法例二七条三項を類推適用し、「その者の属する地方の法律」をもって準拠法と解するのが相当である。そして、朝鮮のように前記両政府が互いに自己を朝鮮における正統政府であると主張して対立している場合には、朝鮮人は一般にいずれの政府に所属するかの自由を有しているというべきであるから、朝鮮に居住しない朝鮮人の所属地方の決定については、当事者の意思、すなわちその者がいずれの政府の支配地域への所属を望むかを基準とすべきものと解される。しかるところ、《証拠省略》によれば、原告ら及び被告丙花子はいずれも朝鮮民主主義人民共和国政府の下への所属を希望し、亡甲太郎も死亡前同様望んでいたことが認められるから、本件においては、同共和国の法律が準拠法となる。しかるに、同共和国が親子関係の発生につきいかなる規定を設けているかについては、当裁判所はこれを明らかにすることができない。しかしながら、条理に照せば、本件のように血縁的親子関係が存在しないにもかかわらず、これに実親子関係の発生を認めることはありえないことと考えられるから、被告丙花子及び亡甲太郎と原告らとの間に親子関係は存在しないというべきである。

三  よって、原告らの本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文、人事訴訟手続法三二条一項、一七条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹中省吾)

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